馬ガール上坂由香の『馬にまたがりケイバの稽古』

ラジオ出演しました

別あらためていうこともないけれど、私は5月で満48歳になった。

社会的に正確な表記を試みると、とっくの昔に「競馬女子」や「馬ガール」といった、鮮度が自慢のカテゴリには該当していない。「競馬おばさん」、「馬マダム」あたりが相場であるとちゃんと自覚しているし、むやみに若ぶることもしたくないので、初対面の方には、名刺交換なぞどうでもいいから、真っ先に「いくつなの?」と聞いてもらい、そこから馬談話を楽しく膨らませたいタイプである。
そんな調子だから、聞いちゃいけない方の女性に向かって「ところで、おいくつなんですか?」と、危うく言いかけて寸止めセーフ。ギリギリのところで何度も命拾いをしてきた。若い頃は、この寸止めがきかずにバッサリ言ってしまい、幾度となく返り血を浴びたものだけど。
いつの間にか長めに生きてきてまとめた私調べによると、年齢を聞いても平然と答えてくれる女性は、かなりの確率でいいひとである。犬好きに悪い人はいないと同じレベルのことだけど、本当である。
この調査には、かなりの危険を伴うので、老刀、タケミツ、丸腰の、特に男性にはオススメできませんが。
時々どういうことなのかさっぱりわからないが、初めて会ったひとから「いくつに見えます?」という鋭いドスを突き付けられた時の恐怖といったらない。「そんなもん知るか!」と、声にしないでタンカを切ってみる。私も大人になったものだ。あれ?
この年齢で、恥ずかしながら初めての経験をしてきました!という話をしようと思ったんだけど…。

先日、ラジオのゲストに呼ばれた。うれし恥ずかしの初体験である。
いつものごとく、肝心なことからどんどん忘れてしまう私は、どうして出演することになったのか、はっきりと思い出せないのだけれど、番組のパーソナリティーであるIさんが、ホッカイドウ競馬や帯広ばんえい競馬の勝負服を縫製しているテイラーさんなので、競馬つながりであることは間違いない。
オンエア2時間前の打ち合わせが初対面だったが、Iさんは夏らしく、ふわっとしたひまわり柄のワンピースが似合う、とても美しい方だった。

「腰をやっちゃいましてね」
Iさんはコルセットを巻いて、旭川から来たという(ラジオ局は札幌)。身体の不具合が挨拶がわりになることは、このトシになるとよくあることで、腰痛持ちの私は、瞬く間にIさんに心を許した。
「ひとは欠陥に恋をするんです」といったのは、日本一有名な美容外科で、うまいことをいうなぁと、こんな時にその一行を思い出してしまっていた。「キミのその腰痛、ぼかぁー好きだなぁ」ということか?
さて、ラジオラジオ…。

軽いランチをとりながらの打ち合わせとなった。
私はここで、今日の放送で何を話したらいいのか確認するつもりだったけれど、変なところで職業病が出るというのか、私の方がIさんにインタビューするような形になってしまった。

道内にさほどいるとは思えない、競馬の勝負服を作ることになった経緯や、その勝負服を作るうえで大変なこと、注文はどのくらいのスパンで来るのかなどなど、何度か、あれ?と思いながらも、私のインタビューは止まらない。
Iさんも、「競馬のことは全然わからないんですよ」といいつつ、騎手や調教師の裏話がじゃんじゃん出てきて止まらない。ここでは書けないが、とても興味深く、底抜けに楽しいお話だった。

「襟のあたりの縫製で、自分が作った勝負服だとわかるんですよ。レースの途中で破けちゃったらどうしようと思ったりもするけれど、今使ってる生地は水着の生地と同じで丈夫なの。ほつれないから縫い目の始末も簡単にできるし。そうそう、やっぱり自分の作った勝負服を着た騎手が競馬を走ると嬉しくってね!そうね、月に10枚くらいは縫うかしら…」

さすがラジオのパーソナリティー、隙間を感じさせない流れるようなお話しぶり。逆取材のような打ち合わせをもう少し楽しみたかったが、あえなく本番の時間になった。大丈夫なのだろうか、ワタシ。突然冷や汗が出て、背筋が冷たくなった。

Iさんに何か質問されたら、答えればいいだけだろうと、先生の前に座らされた生徒のような顔で、軽い緊張を伴いながら放送がスタート。ところが困ったことに、いきなり自己紹介をどうぞと言われ、有名人でも著名人でも何でもない自分を、どう説明していいのかわからない。「…ってなことで、今に至ります」と早口でその場を切り抜けた。
焦りの色が濃くなっている私を、目の前にいるIさんは気づいていないようだった。

「何かお知らせはありませんか?」と話を振られた時は、シドロモドロになりながらも、JRAの角居調教師が代表をしているサンクスホースプロジェクトや引退馬ファンクラブ(TCC)の説明、功労馬牧場ホーストラスト北海道で、幸せな余生を送る馬たちの話をしたけれど、このふたつがごちゃまぜになってしまった気がするので、聴いたひとはよくわからなかったかもしれない。

高校の同級生なら「そういえばそうだったね」と思い出してくれるのだが、私はもともと、ひと前で話すのが苦手で、事を順序立てて話をしようとすればするほどこんがらがってしまうタイプ。思ったように言葉が出てこなかったりもたびたびで、大人になってからある程度の矯正はしたけれど、完全には治らないままである。本当はラジオ出演など、もってのほかの人材に他ならないのだ。こういう肝心なことを忘れてラジオに出てしまった。

およそ1時間のラジオ出演は、実体感15分くらいのあっけないものだったが、とてもいい経験をさせていただいた。
パーソナリティーのIさん、局長のMさん、ありがとうござました。
放送が終わってから、普段めったに褒めないS編集長からコメントが寄せられていた。
「ちゃんとバケツジンギスカン(門別競馬場名物)のことを話してたからOK!」
おお、そうだ、思い出した。一番大事なことをちゃんと話していた!
えらいぞ私。嗚呼、めでたし、めでたし。

農林水産大臣賞典 帝王賞

この稿を書いている今日の夜は、帝王賞(JpnI大井・ダート2000m)がある。
正式名称は「農林水産大臣賞典 帝王賞」という神々しさ。全国から実力のあるダート馬が集結し、上半期のダート競馬を締めくくるチャンピオン決定戦である。

いよいよこの日が来たかという思いがあるせいか、こうしてここに、文字を打ち込む指が痺れてきた。最近よくこのような現象が起こるので、身体のどこかがおかしいのかもしれないが、私は病院が大嫌いなのでほいほい行くことはなく、無駄な税金を使わずに、世のため社会のため、早めに死ねるであろうと思う。こういう自虐ネタしかない人間を、ジギャンティ(いま作りました)とでも呼んでもらおうかな。

実はこのレース、ほんの数日前までどうにか予定を調整して、大井競馬場に行けないものかと、めちゃめちゃ本気で、そこら辺をのた打ち回りながら考えていた。とにかくものすごく行きたくて、今かかえている仕事にごめんなさいでもして飛んでしまおうかとも思ったが、私にはそんな勇気はなかった。
酒に酔えば、わけのわからないことを言う見知らぬ男にでも、軽く説教をするクソ度胸はあるのにおかしいなぁ…。

帝王賞といえば、私にとってホッコータルマエである。
彼が出現する前はフリオーソであった。どちらの男もひどく好きで、好き過ぎるのか、想いを飛ばすだけで目の前がくらくらしてしまう。彼らは帝王賞を2勝したダート王。現役時代、フリオーソは叶わなかったが、ホッコータルマエはドバイの海外遠征をしてきた。
なんでそんなにこの馬が好きなのかと訊かれたら、なんでだろう~と困ってしまうが、好きになったからというほかない。菊花賞馬のキタサンブラックもそうだけど、私は500kg超級の馬に心を奪われがちなので、ひょっとしてそれなのかも。人間では横山典弘騎手のような小柄な男が好みなのに、まったくもって不思議な話だ。

「ホッコータルマエが好き過ぎて、彼のレースを見ることができない」と言ったのは、競友である。その気持ちがものすごくよくわかった。結果だけを聞き、少し時間を置いてから、粛々と厳かに、彼のレース動画を確認するという。糟糠の妻のようだなぁと感心した。私は生き急ぐタイプなので、たとえそう思っても、リアルタイムに見て絶叫する部類だが、帝王賞に関しては、私を知っているひとなら信じてもらえないくらい貞淑に観戦。ハンカチの角を小さく噛んだりして…。

話が薄暗くなってしまったので変えよう。
出馬表を見やる。総勢12頭。金太郎飴のように、どこを切ってもダート王が出てくる素晴らしいメンツが集まった。
昨年のジャパンダートダービー覇者のノンコノユメ(女の子っぽい馬名ですが牡馬です)が1番人気。続くアスカノロマンは充実期に入って安定、馬場が渋るとコパノリッキーが爆発しそうだ。いずれにしても、海外遠征帰りで、一時体調を崩したホッコータルマエが、帝王賞を連覇するのはものすごく難しいとは思うけれど、そこを何とかひとつ。嗚呼、神さま。

芝馬ならとっくに引退しているような、7~8歳の現役バリバリのダート馬たち。孤高のベテランとか、いぶし銀といった言葉が紙面に踊ることが多く、彼らの活躍は、中年の端くれである私にも、いろんなところが奮い立つ元気の源になっている。
「馬は頑張っているよ」というのは、横山典弘騎手の常套句であるが、若くない方の馬が、あの重たいダートを走っている姿を見るだけで、中年バンザイ!わーわー言いながら、人生の半分を無事に生きてきましたよー!と、自分を褒めたくもなってしまうのだ。軽やかな芝にはない、力のいるダート競馬は、中年世代こそ率先して観戦すべきだと思う。勇気がわきまっせ。

そんなデカくて強い砂の王者の中に、アムールブリエという牝馬が、紅一点の輝きを見せている。ドバイワールドCで2着になったトランセンド、2014年のダービー馬ワンアンドオンリーなどを所有している大馬主・マエコーさんチの愛馬である。

いまの時点で7番人気のようだけど、ひょっとして発走直前になったら、もっと人気するかもしれない。というのは、どうもここ最近の傾向として、エプソムCのルージュバック、宝塚記念のマリアライトなど、牡馬優勢と見られたレースで、伏兵牝馬の活躍が際立っているからだ。

アムールブリエにも、2015年チャンピオンズCで優勝したサンビスタのようなことが起きるかもしれない。サンビスタは、今日出走予定の牡馬たちのほとんどを蹴散らして、あの日華々しく優勝してくれたんだっけ。なんかあるぞこりゃ…。
札幌の空は、初夏らしく青く澄み切っているが、東京・大井競馬場の空はどうなのだろう。雨が降り続いているというが、この雨が、吉と出るか凶と出るか。タルマエは連覇するのか、牝馬はやって来るのか…。うーん!楽しみ過ぎる。
考えているだけで、また指が痺れてきた。やっぱり病院に行こうかな。

日本ダービーまであとわずか・・・

競馬をたしなむ人々の平和な日常に、寄せては返す白波が立つ。

5月最後の日曜日は、第83回日本ダービーがあるのだから無理もない。

コーヒーを買いに入ったコンビニの中でさえ、スポーツ紙が横になって刺さっているエリアに視線を飛ばさないわけにはいかなかった。何なら買おうか?

――――いや、まだ早い!
そんな劇団ひとりをやったのは、5月25日水曜日の昼下がりだった。

ひとによっては、早めにスポーツ紙を買い求めて競馬の予習をするようだけど、私のスタイルは「日曜日の朝」に出たての、一番フレッシュな新聞を買うこと。
その前までヤンワリと、頭の中で構想を練って、ほぼ結論が出たところで、プロ集団が絞り出した「勝つと思うよ?馬」と照らし合わせてみる。

場合によっては、チッ!と舌打ちするような馬名が1面に踊っている時もあったりして、なんだよ、私の1週間を返してくれ!と思うこともたびたび。

今年のダービー馬候補には、ざっくりみつもって8頭があがっていた。

まずは、ダービー馬に一番近いところに位置する皐月賞馬ディーマジェスティ。
2冠を虎視眈々と狙っている有力馬だ。
そして、弥生賞1着、皐月賞2着のマカヒキ。皐月で敗れた雪辱というパワーを持ち合わせている。
さらに、サトノダイヤモンドは、高額取引馬という自身の価値を知っているかのように輝いたきさらぎ賞馬だ。
そのほか、ダノンシャンティ産駒のスマートオーディン、青葉賞馬ヴァンキッシュラン、ディープインパクトの芦毛っ子マウントロブソン、世界のユタカが騎乗するエアスピネル、良血なら誰にも負けないリオンディーズというラインナップ。
18頭フルゲートいうことは、あとの10頭だって死角に潜んで蹄を研いているに違いない。
さぁ、どうなる?29日の午後3時42分頃に誕生する今年のダービー馬は!!

まぁ、かなり引っ張りましたけどね、私は言葉の魔力を信じている方の人間なので、「ダービー馬はダービー馬から」「一番幸運の馬がダービー馬になる」を念頭にしたい。
父はダービー馬のキングカメハメハ、母は日本とアメリカのオークス馬シーザリオから生まれ、近走は運を使い果たしてないリオンディーズはどうかと考えている。

この馬は、ちょっぴり気性が荒いようで、とにかくかかりやすい。自分で自分の競馬をできないで負けてしまった経験がある。鞍上は名手ミルコ・デムーロで万全だろうし…と、ここにこうしてあれこれ書いているうちに、フランス・イスパーン賞はエイシンヒカリが、後続を10馬身突き放して優勝した!

その勝ち方ときたら、怪物なんていいかたでは足りない感じ。世界一になった敬意を込めて、バケモノ呼ばわりをしても、まだ何か満たされない気がした。
メガ?ギガ?テラ!…この期に及んで全然関係ない、変な単位がぐるぐるする。ただものではないこの黒い芦毛…アシゲ?
マウントロブソンは白い方の芦毛だなぁ…。そろそろ芦毛のダービー馬が出てくるかもしれないなぁ…。何かのサインだったらどうしよう!と、考え過ぎて、ダメになる方へまっしぐら…。

私が競馬を初めた春、ダービー馬になったのはウオッカだった。

それまでしばらくケンという「みてるだけ」の競馬をしていて、初めて馬券を買ったのもウオッカのダービーから。その時の私自身、どういう運気だったのかわからないが、アサクサキングスとの馬単を当ててしまい、急に恐ろしくなって逃げるように競馬場から立ち去ったことがある。むろん、この件は家族には内緒で、ひとり豪遊した時の楽しさったら、もう~(以下、品がないので割愛)。なぜウオッカとアサクサキングスを買ったのか。それは、

―――――なんか知らないけど、好きだなと思ったから。

その後も、好きな馬を買い続け、大好きなオルフェーヴルの単勝を的中。翌年は当たらず、次の年のキズナは単勝が当たった。ワンアンドオンリーについては、3連単で勝負して玉砕。そして昨年のドゥラメンテは、また3連複を買って外している。と、いうことは、好きな馬の単勝や馬単だけでいけば当たるということか!ええい、こうなったら、リオンディーズの単勝はもちろん、馬単ボックスで、人生2回目の豪遊だ!という、生まれつきの「おめでたさ」が再発しました(不治の病)。

敗者インタビュー

最近めっきり本屋に行かなくなった。

なんでもかんでもネットで済ませるようになってしまい、ほしい本はワンクリックで購入。探す手間がはぶけ、さぞかし合理的ですっきりとした生活かと思いきや、後からやってくる請求書の額を見て身体が硬直したり、なんでこんな変な本を買ったのかとびっくりして、たいして読まなかったりする。
こういう迂闊な人間がいるから、古本屋は成り立つのかもしれない。

私はもともと、読書なんてものは身についてないし、そんなヒマがあるなら、とっとと出かけて海でも見ていたい方の部類。学び場は、自然の中にあるんじゃないか?と野山を駆け廻っております。それでもせっかく本を買うんだから、
好きな作家の書いたものでなければ読む気が起きないし、最初の数ページで、全然おもしろくなーいと、時たま好きなひとにさえ裏切られるのが悩みの種。
それでも数年に一度、ものすごい本に出会ったりなんかすると、寝食を忘れ、家事や仕事も忘れ(もともとやる気がない)、夜になっているのも気づかず、真っ暗になった部屋で爆読みしていることも。

それほど大きいとはいえない本箱を見やる。私が好きだと思う数人の限定した作家の本が並んでいる。太宰治の隣に西原理恵子が仲良く片寄せあうのを見てニヤリ。こっちの方が面白い。悪趣味ですね。

どこを探しても見当たらず、購入がややこしい本はネットでもいいけれど、定番中の定番本なら近所の本屋で買おうと、ふらりと出かけて立ち読みしたのは「どん底」というゴーリキイの本だった。

別に、いま私がどん底の状態というわけではないが、何となく手に取って、タロットカードのように、前、真ん中、後ろと適当にページをめくると、ルカという巡礼師が出てきた。
私の名前と一文字違いのルカは、下層の民にいろんな理想を説くけれど、ある日コストイリョフがいう。
「真実なんてものは、自分の腹ひとつにおさめて、黙っているものなんだ」
…おっしゃる通りでございます。
酒に酔うと、真実から先にしゃべってしまうとんまな私は、今まで数々の失敗をやらかし、猛省して黙っていると、熱でもあるのかと額に手をあてがわれる始末。せっかくでかい腹をしているんだから、これからは入るだけ入れてどっさり納めてから、ひと気のない田舎に行って穴を掘り、そこにリバースして埋めて来ようと思う。廃棄物不法投棄なんちゃらで捕まったりしないだろうか…。

4月23日。東京競馬場で、藤田菜七子騎手が落馬した。13日にも船橋競馬場でも落馬したが、その時は軽傷。今回は大事をとって、その後の騎乗をとりやめた。このことについて菜七子騎手は、
「馬券を買ってくれたファンの方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。本日の残りのレースに騎乗できず、募金活動にも参加することができなくて残念です。ご心配をおかけしてすみませんでした。この失敗を次回以降の騎乗にいかしていきたいです」とコメントしている。
久しぶりの女性騎手誕生と、それまでの記録を塗り替えてきた期待の新人なので、勝利した時はもちろん、アクシデントが起きた時にも、何かを話さなくてはいけないのだろう。競馬ファンも、少なからず彼女からの発信を待っている。

一方で、ベテラン横山典弘騎手は、他のジョッキーたちが、勝っても負けてもインタビューに応じているのに対し、いつも決まったように何もしゃべらないか、気が向けば「馬は頑張っているよ」と、コピペしたような回答。
これがいいのか悪いのか私にはわからないが、馬のことを話したり、妙な受け答えをして、その後ファンからヤジられることもあることから、どっちにしたって言われる時は言われてしまうのが世の常。

熊本の地震で、お金持ちや芸能人が義援金を出せば、売名だと叩き、東京五輪のエンブレムが決まってヤレヤレと思っていたらまた文句…。何でもいえばいいってもんでもなし。

菜七子騎手も、これからの騎手生活の中で、何も話したくないと思うレースもあるだろう。「こっちはね、ハーレーに乗っているわけじゃないんだ、生きた馬に乗ってるんだよ!」と、かまわず言ってもらってもいい。
だいたい、なんで日本は負けた選手にインタビューするのかわからない。欧米なら名誉棄損で訴訟起こされますよ。敗者が何を語ればいいのか。そんなにごめんなさいが聞きたいのか。私が選手なら、恐ろしくでかい舌打ちをして「うるせー」っていっちゃいますよ?
騎手は談話をよせなければいけない義務なんてないのだし、負けた時なんかは踵を返して去って行ってもいいんです。
それは生意気だ?生意気上等!若者こそ、くそ生意気であれ!と、いま生意気なことをいうと「年寄りの冷や水」と揶揄されるおばちゃんは思います。

馬の年輪

ある日、外に出ると、家の前に春が来ていた。
―――いや、どうだろう。
今年は素直にそう思ってニヤニヤしていると、天気雨ならぬ、天気雪が降ったり、ちょっとあたたかな日は暖房をオフにしてくつろいだ途端に冷え込んで、歯がガタガタ鳴る始末。猫だましのようなフェイントも、こうたびたびだともう笑えない。季節のことは気にしないでおこうとしたら、慌てて春がやって来たらしい。やなヤツだね。

私は女のクセになりはデカイけれど、どうも心が狭くできているようで、放っておくとすぐに毒素が溜まる。「全米が泣いた」というたぐいのものは、私の人生において一切関係ない。それらにかかわるとたいてい「全然泣けないんですけど」となり、遂には損した気分になって、なんて悪い子なんだ私は!と、自分を傷つけてしまうのだ。

いい話をきくより、本来なら、完全に死体になっているような、地の底まで墜落して、みごとに這い上がってきた物語だと、生きものらしい風情があっていいなと思うんですがね。

こういうことをアカラサマにいうと、大変な非難を浴びて、悪人のレッテルを貼られるかもしれないが、私は闘いが好きだ。かといって、戦争が好きだといっているわけではないし(戦争は好きとか嫌いの問題ではないですね)、喧嘩は大嫌いだけど、なぜか闘いという言葉に心が震える。相手があって結果を決めるのは戦い?の方らしく、私の好きな闘いは、向き合うのは自分の「何か」だったりするのかなぁと思っているが、意味合いはあっているでしょうか?

競馬はどうなのだろう。
勝負の世界だから他の馬と戦わなくてはならないし、オルフェーヴルやゴールドシップのように、自分の「生まれ持ったもの」との闘いに勝てない場合は、地獄をみるような恐ろしい結果にもなることから、競馬はどっちの要素も含まれているんでしょうなぁ。

先日、春にはまだあやしい風が吹く日に、岩内町のホーストラスト北海道へ行ってきた。アドマイヤチャンプの誕生日にあわせて、スポンサー仲間でもある友人と小銭を出し合い、無口のプレゼントをした。いつも一緒にいるウインギガシャトルと似たようなストライプ入りの無口で、つけてあげるとみごとなお揃いのペアルック。チャンプもシャトルも馬の世界ではおじさんなのに、このチョイスは果たして本当によかったのか、何も知らずに並んでいる2頭をみてると、微笑ましいのなんのって。

昨年トラスト入りしたヤマニンキングリーの放牧地に入って、顔を撫でてみた。
キングリーは、脚の状態など気になる部分があり、今のところ1頭で放牧されているが、場長の酒井さんによると、もうまもなく、みんなのいる放牧地の方へ移動させてみようかとのこと。

馬と話せる私も(うそです)、キングリーは「早くみんなのところへ行きたいな」と思っている気がしてならない。
ふいに馬の顔がみえると、急にそわそわして嬉しそうだし、馬体もすっかり良くなって、友だちを作りたいという気持ちの余裕も出て来た頃かもしれないし。

どこの牧場へ行っても、馬たちを眺めていて思うことがある。
―――馬は、自分の年齢と戦歴を認識していて、他の馬の経歴も薄々わかっているんじゃないか?木の年輪みたいなものが、馬たちの中にもあるとしたら…。

キングリーがみんなのいる放牧地に入るうえで、許可を取らねばならない馬がいる。エイシンキャメロンだ。私が初めてトラストに来たときは、ダイタクバートラムがボス的存在だったように思う。その後キャメロンがやって来て、今では一番強い。ひとのことは大好きで、懐っこく甘えるくせに、他の馬が気に入らないことをすると、耳を伏せて怒った顔をする。

ダイタクバートラムはステイヤーSなどを優勝したG2ホースで、種牡馬の経験があり、エイシンキャメロンはアーリントンカップを優勝したG3ホースで、種牡馬に。この2頭の威風堂々とした雰囲気は、自分たちが父親であることを知っているようにも見える。そこに新入りG2ホースのキングリーが加わるとなると、まずはキャメロンの洗礼を受けることになるだろう。

エイシンキャメロン20歳、ヤマニンキングリー11歳。セン馬といっても男同士。喧嘩のやりかたくらいは知っているだろうし、スタッフの皆さんも、慎重に見守るとのこと。
私の予想としては、キャメロンがキングリーを威嚇し、その直後、2歳未勝利の勝ち鞍しかないが、馬たちの間では一番の癒し系で賢者ウインギガシャトルが行事の役目をしてくれるので、血みどろの戦いにはならない見込み。

「あれ?キングリーお久しぶり!」
「もしかしてシャトルくんかい?」
何というめぐりあわせだろう。札幌2歳新馬戦で、1着キングリー、2着シャトルというワンツーフィニッシュを決めていた。
「なんだ、お前ら、知り合いか?」
拍子抜けしたキャメロンがどんな顔をするか楽しみでもある。

ドゥラメンテが復帰する

2015年の2冠馬ドゥラメンテが、2月28日の中山記念から復帰する。
ドゥラメンテは、皐月賞と日本ダービーを圧倒的な強さで制し、その後の菊花賞、そして凱旋門賞行きまでを熱望されていた矢先に両前脚の骨折が判明。長い療養生活に入ってようやく今年、ファンの前に姿をあらわしてくれることになった。
ドゥラメンテ(サンデーレーシングの馬)を何口か持っている知人も、どんなにこの日を待ちわびていたことだろう。かわいい愛馬がケガをした時のことを思うと、その心痛はいかばかりだったか。
私も球児だった息子がケガをした時、まだ何も決まっちゃいない将来を悲観し、もうだめだと絶望して、何かほかに違う道はないかと勝手に捜索したりした。捜索していくうちに、ケガをした息子が腹立たしくなって、顔をみるのもいやになったことも正直ある。それでも半分腐りながら治療を続けて復帰し、4回裏までを投げ切った時は、もういい、もういいやめてくれと、私の方がいっぱいいっぱいになってしまった。
こういうちゃんとした大人になり切れてない母の元で育った息子が不憫でもあるが、今では何の心配もかけない男になり、時々は「元気?」と、声もかけてくれるので、子育てというものは、親の感情を無理に押し殺してやらない方がいいのかもしれないな、なんて思う。…話を競馬に戻そう。

投手が肩を壊して打者に転向することもあるけれど、競走馬の場合はそうはいかない。歴代の名馬たちがみごとにやってのけた、ブランクを感じさせない復帰戦の輝かしい勝利を、2冠馬ドゥラメンテにも大いに期待している。

期待といえば、そのドゥラメンテもびっくりするような3歳牡馬の世界は、紙幅が足りなくなるような有力若馬の大豊作で、出来すぎじゃないかと思うほど、勝利をあげたレースもきれいに散らばっている。
各地2歳ステークス組からはロードクエスト、エアスピネル、スマートオーディン、その他の重賞からはリオンディーズ、サトノダイヤモンド、ディーマジェスティなどなど、今年に限って1強や2強、或いは3強という言葉の枠組みに納まらない予感大。
2011年のオルフェーヴルから3冠馬は出ていないが、今年のクラシックも、冠をきれいにわけた結果になると、へなちょこ予想をここでひとつ書いておこう。
そしてそこに、牝馬のメジャーエンブレムあたりが加わったりしたら、いい意味で大変なことにもなるかもしれない。だいたい、皐月賞馬のイスラボニータより、よっぽど男らしい馬名じゃないか。

何でいきなりそんなことをいうのか。
冒頭で中山記念のことに触れた瞬間、昨年の覇者ヌーヴォレコルトを思い出してしまったからだ。彼女はロゴタイプやイスラボニータといった皐月賞馬を蹴散らして、中山記念を優勝した。
馬場を選ばず、どっしりとした力強い先行力があり、牡馬相手でも力負けをしないヌーヴォ。昨年の暮れの香港カップでエイシンヒカリとワンツーを決めた記憶も、鮮度がよいまま保存されている。

メジャーエンブレムの先行力と最後の切れ味は、ヌーヴォさんによく似ているし、彼女には、父ダイワメジャーと同じ皐月賞馬の資質が十分あると思えてならない。父娘制覇!なんて、今までみたこともないことが起きたらどうしよう。
強い3歳牡馬がどっさりいる中での勝利なら、なおさら価値も上がることだし、ぜひともメジャーエンブレムには、ちょっと変わった路線にチャレンジしてほしい。

2月11日。JRAは今年の新規騎手免許試験の合格者を発表。競馬学校騎手課程を卒業した藤田菜七子さんら6人が合格した。藤田さんは中央競馬において、実に16年ぶり7人目の女性騎手になる。来月デビューする見込みで、競馬ファンたちは期待をふくらませているが、私は心のどこかで――えらいことになったなぁと思いながら、カラ財布の空目…。

メジャーエンブレムの話ではないが、ヒトの世界は、男女混合で戦うスポーツはそれほど多くはない。バレーボールも水泳もスキーもサッカーも柔道も、たいていは男女別に競技されている。騎手の世界も男女の人数に格差がなければ、男女別のレースができるはずなんだけれど。そうもいってられないので、藤田さんには、女性特有のものを武器にして(変な想像はしないように)、例えば、馬あたりのよいやわらかな騎乗だとか、そういった切り口からじゃんじゃん活躍してもらいたい。
余談中の余談だが、私はこういう現象にからきし弱い。おそらく藤田さんの応援馬券をたびたび買うだろう。それがたとえ無印の馬であったとしてもだ。
―――これはまずいな、カラ財布決定か。
けれどそれが回収率度外視の上坂馬券の真骨頂!オッズを無視する私流だ。
ともかく、彼女には「かわいい顔してホントにえげつない!」と言われるくらい、男の中で大暴れしてほしい。
ナナちゃん、頑張ってー!

スキャン、元気で待っていてね

遠いアメリカの地で、大種牡馬キングマンボが亡くなった。26歳だった。

日本では、その姿を見ることができなくても、エルコンドルパサーやキングカメハメハの父として有名な馬であり、マンボというからには、アロースタッドで何度も会ったことのある故スズカマンボであり、贔屓のメイショウマンボまできれいにつながって、とても他人事とは思えなかった。

それにマンボという、どことなく昭和な香りがする3文字が消えゆくのは忍びない。いつかメイショウマンボが母になったら、彼女の産駒にはマンボの名前を付けて継承していってほしいと思う。

こういうとナンだけれど、私の場合、母が亡くなった時には気を違えてアル中にくらい、激しい絶望に襲われたけれど、父が亡くなった時は、うそのようにあっけらかんとして渋茶を飲んでいた。そんなこともあるさくらいの割り切りようだった。茶菓子もぱくぱく食べた。ひどい娘である。

けれど、それが馬である場合はまったく気持ちの持ち様が異なる。
種牡馬が、たとえ種付けを引退していたとしても、この世からいなくなると知るやいなや、たちまち地球が軽くなったような、向こう側が透けてみるような薄っぺらいつまらなさに襲われるのだ。

キングマンボが亡くなった26歳という馬齢は、馬でいうとかなりの高齢だと一般的にいわれている。
けれど北海道の乗馬クラブ、余生牧場には、26歳になっても若々しく、平気で深い雪の中を全力疾走する馬だってめずらしくはない。
やはり種牡馬ともなると、体力の消耗も大きいだろうし、体力がなければ抵抗力も低下して、病に倒れることもあるだろう。シンザンのような長生きは簡単ではなさそうだ。

無事に競馬を終えて引退した後、種牡馬入りをすると聞けば、もろ手を挙げて喜んでしまう私だが、本当のところ、さらにそこからまた、自分の命の残りを数えるように産駒を送り出していく。

果かない生き物なのだとあらためて思った。

キングマンボの場合、父ミスタープロスペクターもさることながら、母ミエスクの存在が大きいように思う。

ミエスクというと、何度となくばったりとお会いして、遂には酒席でも一緒になった血統評論家の栗山求氏の会社名であることの方が有名なのかもしれないが、彼女の物語を調べると、ほんの数ページめくったところで、G1を10勝している名牝だと辿り着く。

そういえば以前、栗山さんに「一番好きな血統の馬はなんですか?」と訊いて、みごとにすっかり忘れてしまったが(スミマセン)、社名の由来も合わせて伺っておけばよかった。「キングマンボが好きだから」とか、そんな話ではきっとなく、何度聞いても忘れてしまうような難しい理由があるように思うのだけれど。

北海道の余生牧場に、キングマンボの2歳年上の兄スキャンが生きている。

スキャンは、種牡馬引退後、繋養先の牧場が閉鎖されることになり、生きる場を失いかけたが、現在は引退馬協会さんのバックアップにより、余生を送ることができている。本当によかった。

某SNS上で見るスキャンの様子は、とても元気そうで、どの写真も幸せな微笑みをたたえ、悟りを啓いたお爺さんそのもの。
話しかけたら「わしはなぁ~」とか「そうさのぉ~」と、赤毛のアンの小父マシューみたいなことを言いそうな鼻先をしていた。

時々、変な眼をしたひとが私に向かって「何も仕事がないのに馬を生かす意味」を問う。そのたび(じゃあなんであなた生きてんの。なんか意味あんの?)と言いたくなるところをグッと抑え、「何をするわけでもないが、美しい風景のようにめでたり、自分の家族のように慈しむものがあってもいいじゃないか」と、もっともらしくこたえている。
スキャンに会いに牧場に訪れるファンも多いと聞いた。
この先まだもう少し長生きしてくれると思うが、現実は28歳。牧柵越しに、茶飲み友だちのお婆さん馬でも置いてくれたらますます元気になったりして。試しにどうかひとつ。

春になったら、スキャンのところへ遊びに行こうと思うが、まだ大寒を過ぎたばかりで、この先からが、腹が立つほど長くていやになる。
スキャン、元気で待っていてね。

今年の漢字が「安」に決まった。

今年の漢字が「安」に決まった。
これは日本漢字能力検定協会が、今年の世相を表す漢字を全国に公募して決められている。
―――なぜ、「安」の字だったのか。何か安かったのか。
ちなみに昨年は「税」で、消費税が8%に引き上げられた年でもあった。
税金がたっぷり入ってお国が安泰!の「安」だったらいいけれど、どうやらそうでもなさそうだし、今年の流行語大賞にもノミネートされた「安心してください、はいてますよ」の「安」であると、勝手に思うことにした。

なんせ今年は私自身、その言葉をよく使ったし、スマホの「あ」を押すと、最初に「安心」が出てくるのが何よりの証拠。
「安心してください~」と叫びながら「はいてますよ」の部分を、何度笑いのオチに言い換えて言い放ったことか。
2015年をゆるく振り返ると、
ダメとみせかけて安心させる「どんでん返し」は、いろんな場面でやって来た。

まずは、よくない方のどんでん返し。今年のダービー馬ドゥラメンテ。
皐月賞、ダービーと2冠を達成し、3冠はおろか、ついに凱旋門賞制覇か!なんて、競馬ファンが盛大にかかりぎみになるほどの競走馬が出現したものの、思わぬケガで戦線離脱。回復後の元気な姿を見ぬまま、今年を終えてしまうのがとても残念だった。

天皇賞・春のゴールドシップもそうだろう。
メジロマックイーンの血を受け継ぐこの馬こそ、このレースを勝たなければいけないはずなのに、なぜか毎度凡走。3回目の挑戦になる今年もどうなるのか紙一重の状態だったが、これぞゴルシ!というロングスパートをやってのけての優勝。感動もひとしおだったが、その後はまたよくない方の彼が出て昇天したままの私がいる。

菊花賞は、血統背景から距離が持たないと思われていたキタサンブラックが優勝。「安心してください、勝ちましたよ」と、オーナーのサブちゃんに初めてのG1をプレゼントして親孝行。そこで演歌の大御所サブちゃんは、競馬場でまつりを歌って愛馬を讃え、ファンと一緒に喜びを分かち合った。こういうことがあって、ふと思うが、G1に勝ったオーナーさんは特別な存在。もっと前に出てもいいような気がする。馬主さんの会社の業績があがるような仕掛けをしたって、誰も文句はいわないはず。「ネジをお求めなら、ぜひわが社のネジを!」みたいなスピーチして競馬場を湧かせてほしい。

そしてジャパンカップは、牝馬のショウナンパンドラが勝ち、チャンピオンズカップではサンビスタが史上初の牝馬優勝を成し遂げ、世界で一番気持ちのいい~どんでん返しをおみまいしてくれた。とてもさわやかで鮮やかな歴史的瞬間だった。

こうしてみると、一時の牝馬最強時代のような派手さはないものの、地味ながら牝馬が活躍した1年だったように思う。おんなは、安心・安全の上に胡坐をかいてこそ、能力を発揮する生き物。まさに「安」の字が大好物といえる。
引退を見送っていたサンビスタにおいては、もう一発、競馬をさせてみようかという話もあったようだが、結局引退を決めてファンを安心させた。

あとは有馬記念がどうなるのか。今年の漢字「安」のごとく、私は安心できるのか。なんの安心だろう。馬券か。

今年の有馬記念のサブタイトルは「ゴールドシップ引退レース」。ゴルシだけではなく、ここを走り終えた他の馬も、特に予告をせずにピリオドを打つこともある。昨年は引退を決めていたジェンティルドンナが勝ち、ジャスタウェイやトーセンラーも有馬を最後に引退していった。

私自身、1年を振り返って出てきた感じは「別」だったのかもしれない。
今年は多くの友人を失った。近所のママ友とは死別をし、死んではいないが大切な友人とも縁を切らねばいけないことがあった。
その中にはここでも「どんでん返し」が含まれており、何が気に入らないのか、嘘を吹聴されて困り果てたことも。

ま、過ぎ去ってみれば、失った友人たち以上に素晴らしい出会いがたくさんあって、なんだ、結局いい方向にすべては進んでいたのかと胸をなでおろす12月。
全国の馬ガールのみなさんは、この1年どんな年で、どんな漢字ひと文字だったでしょうか。

気の早いことだが、来年の競馬も今からわくわくするような馬たちがわんさかいて、ダービー候補はぜひこの馬!という大型新人も。
なんにせよ、馬もひとも健康が一番。ケガや病気をしないように心がけたいと思う。

2016年はいつの間にか申年。私の干支である。
思えば遠くに来たもんだ。
24歳の時に生んだ息子も申年。来年中に孫ができればサルサルサルで商売繁盛!非常に縁起がよいとされるけれど、どうやらそんな音沙汰もなく、すでに私の夢はもろくも崩れている。やはり夢は馬に見るのがイイナ。
来年も、競馬場で会いましょう。

ヤマニンキングリー

毎日のように空から何かしらが降ってくる季節になった。
昨日の早朝、確か5時半くらい。ひとと同じように寒い朝はまだ寝ていたい犬たちを起こして、庭で用を足すように扉を開けると、小さな、ほんの小さな雪の粒が、朝日を浴びながらハラハラと落ちてきていた。
おそらく冷たい雨が、乾いた空気に触れて粒雪になったのだろう。
寒さのため、犬たちは早々に家の中に戻り、それぞれの毛布の中へダイブしていたが、私は何だか綺麗なものでも見るような目で、いつまでも窓の外にいた。
「…寒い!」
雪粒が消えると、いきなりの現実。こんなにたっぷりと脂肪を蓄えているのに、なんてこった。原因はわからないが、一時この私でも痩せていた年があった。その冬の寒いことといったらない。骨の髄にしみるというか、風があたるだけでキーンと節々が痛くなり、何をいくら着こんでも、寒いものは寒かった。
今ではそんな心配はいらないくらい脂肪がつき、体重が増えて、膝がガクガクしだしている。ちょうどいいのは何キロなのかな。

少し調べると、年齢に応じて、理想体重は違ってくるらしい。私の場合、171㎝の身長なので64kgが適当という。チッ!思いっきり今現在の体重じゃないか。時々膝がおかしくなるのは、単なる運動不足ということか。ちなみに30代では59kgって、どっちにしても一般女性の体重からは程遠い結果に(涙)。

先日、ホーストラスト北海道に、2009年の札幌記念優勝馬ヤマニンキングリー(父アグネスデジタル)が入厩したという知らせが入った。

その年の札幌記念は、3歳のブエナビスタが凱旋門賞に行く前哨戦として札幌記念が選ばれ、1番人気で出走。改装前の札幌競馬場はものすごい数のファンでごった返し、誰もがブエナの勝利を確信して歓喜の声を出す準備に余念がなかったのだが、7番人気のヤマニンキングリーが先に抜け出し、ブエナの猛追を振り切って優勝。
私はひと声もあげることができずに完全オケラ。トボトボと退散したことを憶えている。

ヤマニンキングリーはその後、中央から川崎競馬場に移動して、2014年11月21日のレース中に脚のケガを発症して引退、乗馬に。ちょうど1年前である。乗馬になる馬の多くは競走馬なのだが、ケガをして引退した場合、特に脚になると、ひとを乗せることができないため、乗馬になるのも難しいことがある。キングリーのケガは重症だった。

サラブレッドは、速く走らせるためにひとの手が加わり、改良されてきた歴史を持つ生き物で、極端に脚が細くできている。
当然、ケガのほとんどは脚に起きてしまい、命を落とすことも少なくない。
競馬で勝てなくても、気持ちが穏やかで脚が丈夫であれば、再就職先として乗馬クラブで働くことができるけれど、そうじゃない馬の場合は生きる道が急に「行き止まり」に…。

乗馬になることができなかったキングリーが、岩内の余生・功労馬牧場であるホーストラスト北海道に移動できたのは、それまで彼を繋養していた乗馬クラブが最後にできる優しさの表れであり、「生きてほしい」と願っての事だろう。
余生牧場に辿りつける馬は、驚くほど少ないのが現状で、余生牧場自体もまだまだ足りてはいない。

明るい栗毛が美しく、かわいい瞳をくるくるとさせたキングリーの写真が届いた。
少し痩せているが、キングリーの生まれ育った牧場の方々も無事の帰郷を喜び、これからの長い余生に向けて見守っていくと聞いた。

生産牧場は、ただひたすらに、仔馬を作って世に出しているわけではない。
自分たちが育てた馬のことを我が子のように慈しみ、どうしているかと心を寄せ、できるだけ元気に生きていてほしいと深く願っている。そのことが、部外者である私にも熱く伝わり、寒空にも負けない温かな風が吹くのを感じた。

キングリーは幸せな馬だった。

トラストには、同じ栗毛のエイシンキャメロン、ウインギガシャトルなどが余生を暮らしており、とりわけギガシャトルはまじめで賢く、誰よりも優しい馬なので、津波に流されて一命を取り留めたアドマイヤチャンプが入厩した時も、ひとりでぽつんとしていたチャンプにいち早く寄り添っていた。

キングリーは脚の状態をみながらの管理になるというが、ギガシャトルがいることで、私の気持ちはかなり穏やかなところまで来ている。
馬たちがキングリーを見て、馬にしかわからない心のコンタクトをとりながら、友だちになっていくのだろう。
「脚の方どうだ?気をつけて歩きなよ」
きっとギガシャトルもチャンプも、親分肌のキャメロンさえも、キングリーに気を配って一緒に歩いてくれるはずだ。

もう少しで雪が降る。ふんわりと降り積もった雪は、馬たちの楽しみのひとつ。思い思いに転がってみたり、いい年をして仔馬のように駆けまわってみたりと、雪は馬を元気にしてくれる。新雪のやわらかさも脚にも悪くないだろう。

12月のカレンダーにマルをつけた。
キングリーに会いに行く日を指折り数えている。

秋は人馬ともに肥ゆるのが正しい生命体の姿だと思っているが

秋は人馬ともに、まるまると肥ゆるのが正しい生命体の姿だと思っているが、肥ゆるといっても人間の場合、ただうまいものをたらふく食べて贅肉をつけるだけでは芸がない。

 

紅葉で燃えるように染まる美しい山々をみたり、お腹に卵をたっぷり詰め込んだ鮭が泳いでいるはずの大海原を眺めたりしながら、痩せこけた心をふっくらとさせる季節にしたい。心が荒ぶとロクなことはないし、来たる泣きの冬にも万全の体勢を整えなければ。

 

アラフィフ(47歳以上53歳以下)馬ガール3人。

たとえどんなに肥えても、すでに賞味期限が切れているという色気のない安堵の気持ちを抱きながら、苫小牧市樽前にあるホースセラピー・ペガサスさんを目指した。

 

高速道路を苫小牧西インターで降りると、2014年最優秀ダートホース、ホッコータルマエの馬名の由来でもある樽前山が見えてきた。

山といっても、黒々とした巨大な砂山のようだ。こんな不思議な姿の山は他にあるのだろうか。

「名は体を表す」

木のない山肌がむき出しの活火山を見ていると、タルマエがダート王になったのは当然の事のように思った。

 

「菊花賞はどうする?」「どうもこうも」「またしてもよくわからん」などと言っているうちに、まったく何もない場所を指し示す怪しいナビに誘導されて無事到着。樽前の奥地には絶対にいないと思われる、何もかもが洗練された女性が出迎えてくれた。

 

林弥生さん。札幌市出身で元ファッションモデルという華やかな経歴の持ち主。当然のことだがとても美しい方で、しばし見惚れる期限切れの我ら。

それぞれの生き方、経歴、姿かたちは天と地ほど違えども、馬が好き!というシンプルな共通点が嬉しいご縁となった。

 

ホースセラピー・ペガサスさんの敷地は、ほどよい太さに育った白樺の木が牧場の風景を彩るアクセントになっており、あたたかな陽だまりの中で、ポニーと道産子の交配種であるロイドくんがうたた寝をしている。少し離れた野菊の咲く草むらで、ポニーのマナちゃんとハウルくんが、思い思いの時間を過ごしていた。

 

林さんは、日本障害者乗馬協会のライディングマネジャーの資格があり、障がい者乗馬はもちろん、健常者や観光乗馬など幅広く体験できるように準備をしているそうだ。この日は、林さんのご厚意で、長年の激務で手足を故障し、休業を余儀なくされている馬ガール1名の引き馬をしてくれることになった。

 

エスコートはロイドくん。馬装は鞍もなく、首に1本ロープをかけただけで窮屈なハミはない。馬もひとも、ゆっくりとリラックスした状態で、林さんと一緒に木立ちの中を歩いてゆく。たった今出会ったばかりの人馬は、1完歩ごと白樺林のやさしい風景に溶け込んでいった。

 

ホースセラピーの定義は様々あって、特に、障がい者乗馬のイメージが先行するけれど、決してそれだけに限らず、企業戦士のビジネスマン、人生に疲れ切って心が病んでいるひと、事情があってモヤモヤが晴れないひとなど、生きているだけで起こりうる、すべてのストレスに効果があると私は考えている。

 

学校や会社帰りにひょいと馬に乗って、1日の疲れをリセットするなんてことがあったらどんなに素晴らしい放課後かしら。

引き馬をされてフワ~っとしている馬ガールをみていると、そんな思いがめぐってきた。

 

首からカメラを提げた馬ガールが「近所の牧場から牛が消え、ポニーが2頭ポツンといたよ」という。なぬ?そこは札幌でも老舗の乳牛牧場で、地域の文化財にもなっているところ。

「牛をやめちゃって何にも用事がないのなら、私らにさせてくれないだろうかね」

「やってみたいね」

「ポニーの飼い葉は干し草だけでいいんだよね」

「あれだけの広大な敷地。干し草も作れるなぁ」

「近いから通えるね」

「通えるなぁ」…

 

ポニーのマナちゃんとハウルくんをなでくりまわしながら、馬と暮らす豊かな毎日があったら、どんなに素敵だろうと想像するだけで幸せな心持になった。

 

林さんは毎日、札幌から樽前に通っているという。高速道路を使っても40分はかかるだろう。これからのことを考え、ペガサスさんの移転も未来予想図の中に入っているのだと教えてくれた。

 

華やかな世界を極めた美しい女性がひとり。協力してくれるボランティアさんがいたとしても、日々のご苦労は少なくない。馬ガールは毎度『馬と暮らす』想像の域を越えずにニヤニヤしてばかりで申し訳ないような気持ちになるが、私たちはこれからも、ペガサスさんを応援したい。オケラ街道にペガサスさんがあったらどんなにいいだろうか。

 

「馬とのふれあいって、どうしてこんなに癒されるのかな」

「なぜか懐かしい感じさえるすね」

「何とも言えない不思議な安心感だなぁ」

 

遠い昔、北海道開拓時代よりもずっと前。

ご先祖さまたちが馬と暮らして生き抜いてきた記憶が、私たちのDNAの中にちゃんと残っている気がした。