敗者インタビュー

 

最近めっきり本屋に行かなくなった。

なんでもかんでもネットで済ませるようになってしまい、ほしい本はワンクリックで購入。探す手間がはぶけ、さぞかし合理的ですっきりとした生活かと思いきや、後からやってくる請求書の額を見て身体が硬直したり、なんでこんな変な本を買ったのかとびっくりして、たいして読まなかったりする。
こういう迂闊な人間がいるから、古本屋は成り立つのかもしれない。

私はもともと、読書なんてものは身についてないし、そんなヒマがあるなら、とっとと出かけて海でも見ていたい方の部類。学び場は、自然の中にあるんじゃないか?と野山を駆け廻っております。それでもせっかく本を買うんだから、
好きな作家の書いたものでなければ読む気が起きないし、最初の数ページで、全然おもしろくなーいと、時たま好きなひとにさえ裏切られるのが悩みの種。
それでも数年に一度、ものすごい本に出会ったりなんかすると、寝食を忘れ、家事や仕事も忘れ(もともとやる気がない)、夜になっているのも気づかず、真っ暗になった部屋で爆読みしていることも。

それほど大きいとはいえない本箱を見やる。私が好きだと思う数人の限定した作家の本が並んでいる。太宰治の隣に西原理恵子が仲良く片寄せあうのを見てニヤリ。こっちの方が面白い。悪趣味ですね。

どこを探しても見当たらず、購入がややこしい本はネットでもいいけれど、定番中の定番本なら近所の本屋で買おうと、ふらりと出かけて立ち読みしたのは「どん底」というゴーリキイの本だった。

別に、いま私がどん底の状態というわけではないが、何となく手に取って、タロットカードのように、前、真ん中、後ろと適当にページをめくると、ルカという巡礼師が出てきた。
私の名前と一文字違いのルカは、下層の民にいろんな理想を説くけれど、ある日コストイリョフがいう。
「真実なんてものは、自分の腹ひとつにおさめて、黙っているものなんだ」
…おっしゃる通りでございます。
酒に酔うと、真実から先にしゃべってしまうとんまな私は、今まで数々の失敗をやらかし、猛省して黙っていると、熱でもあるのかと額に手をあてがわれる始末。せっかくでかい腹をしているんだから、これからは入るだけ入れてどっさり納めてから、ひと気のない田舎に行って穴を掘り、そこにリバースして埋めて来ようと思う。廃棄物不法投棄なんちゃらで捕まったりしないだろうか…。

4月23日。東京競馬場で、藤田菜七子騎手が落馬した。13日にも船橋競馬場でも落馬したが、その時は軽傷。今回は大事をとって、その後の騎乗をとりやめた。このことについて菜七子騎手は、
「馬券を買ってくれたファンの方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。本日の残りのレースに騎乗できず、募金活動にも参加することができなくて残念です。ご心配をおかけしてすみませんでした。この失敗を次回以降の騎乗にいかしていきたいです」とコメントしている。
久しぶりの女性騎手誕生と、それまでの記録を塗り替えてきた期待の新人なので、勝利した時はもちろん、アクシデントが起きた時にも、何かを話さなくてはいけないのだろう。競馬ファンも、少なからず彼女からの発信を待っている。

一方で、ベテラン横山典弘騎手は、他のジョッキーたちが、勝っても負けてもインタビューに応じているのに対し、いつも決まったように何もしゃべらないか、気が向けば「馬は頑張っているよ」と、コピペしたような回答。
これがいいのか悪いのか私にはわからないが、馬のことを話したり、妙な受け答えをして、その後ファンからヤジられることもあることから、どっちにしたって言われる時は言われてしまうのが世の常。

熊本の地震で、お金持ちや芸能人が義援金を出せば、売名だと叩き、東京五輪のエンブレムが決まってヤレヤレと思っていたらまた文句…。何でもいえばいいってもんでもなし。

菜七子騎手も、これからの騎手生活の中で、何も話したくないと思うレースもあるだろう。「こっちはね、ハーレーに乗っているわけじゃないんだ、生きた馬に乗ってるんだよ!」と、かまわず言ってもらってもいい。
だいたい、なんで日本は負けた選手にインタビューするのかわからない。欧米なら名誉棄損で訴訟起こされますよ。敗者が何を語ればいいのか。そんなにごめんなさいが聞きたいのか。私が選手なら、恐ろしくでかい舌打ちをして「うるせー」っていっちゃいますよ?
騎手は談話をよせなければいけない義務なんてないのだし、負けた時なんかは踵を返して去って行ってもいいんです。
それは生意気だ?生意気上等!若者こそ、くそ生意気であれ!と、いま生意気なことをいうと「年寄りの冷や水」と揶揄されるおばちゃんは思います。