ラジオ出演しました

 

別あらためていうこともないけれど、私は5月で満48歳になった。

社会的に正確な表記を試みると、とっくの昔に「競馬女子」や「馬ガール」といった、鮮度が自慢のカテゴリには該当していない。「競馬おばさん」、「馬マダム」あたりが相場であるとちゃんと自覚しているし、むやみに若ぶることもしたくないので、初対面の方には、名刺交換なぞどうでもいいから、真っ先に「いくつなの?」と聞いてもらい、そこから馬談話を楽しく膨らませたいタイプである。
そんな調子だから、聞いちゃいけない方の女性に向かって「ところで、おいくつなんですか?」と、危うく言いかけて寸止めセーフ。ギリギリのところで何度も命拾いをしてきた。若い頃は、この寸止めがきかずにバッサリ言ってしまい、幾度となく返り血を浴びたものだけど。
いつの間にか長めに生きてきてまとめた私調べによると、年齢を聞いても平然と答えてくれる女性は、かなりの確率でいいひとである。犬好きに悪い人はいないと同じレベルのことだけど、本当である。
この調査には、かなりの危険を伴うので、老刀、タケミツ、丸腰の、特に男性にはオススメできませんが。
時々どういうことなのかさっぱりわからないが、初めて会ったひとから「いくつに見えます?」という鋭いドスを突き付けられた時の恐怖といったらない。「そんなもん知るか!」と、声にしないでタンカを切ってみる。私も大人になったものだ。あれ?
この年齢で、恥ずかしながら初めての経験をしてきました!という話をしようと思ったんだけど…。

先日、ラジオのゲストに呼ばれた。うれし恥ずかしの初体験である。
いつものごとく、肝心なことからどんどん忘れてしまう私は、どうして出演することになったのか、はっきりと思い出せないのだけれど、番組のパーソナリティーであるIさんが、ホッカイドウ競馬や帯広ばんえい競馬の勝負服を縫製しているテイラーさんなので、競馬つながりであることは間違いない。
オンエア2時間前の打ち合わせが初対面だったが、Iさんは夏らしく、ふわっとしたひまわり柄のワンピースが似合う、とても美しい方だった。

「腰をやっちゃいましてね」
Iさんはコルセットを巻いて、旭川から来たという(ラジオ局は札幌)。身体の不具合が挨拶がわりになることは、このトシになるとよくあることで、腰痛持ちの私は、瞬く間にIさんに心を許した。
「ひとは欠陥に恋をするんです」といったのは、日本一有名な美容外科で、うまいことをいうなぁと、こんな時にその一行を思い出してしまっていた。「キミのその腰痛、ぼかぁー好きだなぁ」ということか?
さて、ラジオラジオ…。

軽いランチをとりながらの打ち合わせとなった。
私はここで、今日の放送で何を話したらいいのか確認するつもりだったけれど、変なところで職業病が出るというのか、私の方がIさんにインタビューするような形になってしまった。

道内にさほどいるとは思えない、競馬の勝負服を作ることになった経緯や、その勝負服を作るうえで大変なこと、注文はどのくらいのスパンで来るのかなどなど、何度か、あれ?と思いながらも、私のインタビューは止まらない。
Iさんも、「競馬のことは全然わからないんですよ」といいつつ、騎手や調教師の裏話がじゃんじゃん出てきて止まらない。ここでは書けないが、とても興味深く、底抜けに楽しいお話だった。

「襟のあたりの縫製で、自分が作った勝負服だとわかるんですよ。レースの途中で破けちゃったらどうしようと思ったりもするけれど、今使ってる生地は水着の生地と同じで丈夫なの。ほつれないから縫い目の始末も簡単にできるし。そうそう、やっぱり自分の作った勝負服を着た騎手が競馬を走ると嬉しくってね!そうね、月に10枚くらいは縫うかしら…」

さすがラジオのパーソナリティー、隙間を感じさせない流れるようなお話しぶり。逆取材のような打ち合わせをもう少し楽しみたかったが、あえなく本番の時間になった。大丈夫なのだろうか、ワタシ。突然冷や汗が出て、背筋が冷たくなった。

Iさんに何か質問されたら、答えればいいだけだろうと、先生の前に座らされた生徒のような顔で、軽い緊張を伴いながら放送がスタート。ところが困ったことに、いきなり自己紹介をどうぞと言われ、有名人でも著名人でも何でもない自分を、どう説明していいのかわからない。「…ってなことで、今に至ります」と早口でその場を切り抜けた。
焦りの色が濃くなっている私を、目の前にいるIさんは気づいていないようだった。

「何かお知らせはありませんか?」と話を振られた時は、シドロモドロになりながらも、JRAの角居調教師が代表をしているサンクスホースプロジェクトや引退馬ファンクラブ(TCC)の説明、功労馬牧場ホーストラスト北海道で、幸せな余生を送る馬たちの話をしたけれど、このふたつがごちゃまぜになってしまった気がするので、聴いたひとはよくわからなかったかもしれない。

高校の同級生なら「そういえばそうだったね」と思い出してくれるのだが、私はもともと、ひと前で話すのが苦手で、事を順序立てて話をしようとすればするほどこんがらがってしまうタイプ。思ったように言葉が出てこなかったりもたびたびで、大人になってからある程度の矯正はしたけれど、完全には治らないままである。本当はラジオ出演など、もってのほかの人材に他ならないのだ。こういう肝心なことを忘れてラジオに出てしまった。

およそ1時間のラジオ出演は、実体感15分くらいのあっけないものだったが、とてもいい経験をさせていただいた。
パーソナリティーのIさん、局長のMさん、ありがとうござました。
放送が終わってから、普段めったに褒めないS編集長からコメントが寄せられていた。
「ちゃんとバケツジンギスカン(門別競馬場名物)のことを話してたからOK!」
おお、そうだ、思い出した。一番大事なことをちゃんと話していた!
えらいぞ私。嗚呼、めでたし、めでたし。