スキャン、元気で待っていてね

 

遠いアメリカの地で、大種牡馬キングマンボが亡くなった。26歳だった。

日本では、その姿を見ることができなくても、エルコンドルパサーやキングカメハメハの父として有名な馬であり、マンボというからには、アロースタッドで何度も会ったことのある故スズカマンボであり、贔屓のメイショウマンボまできれいにつながって、とても他人事とは思えなかった。

それにマンボという、どことなく昭和な香りがする3文字が消えゆくのは忍びない。いつかメイショウマンボが母になったら、彼女の産駒にはマンボの名前を付けて継承していってほしいと思う。

こういうとナンだけれど、私の場合、母が亡くなった時には気を違えてアル中にくらい、激しい絶望に襲われたけれど、父が亡くなった時は、うそのようにあっけらかんとして渋茶を飲んでいた。そんなこともあるさくらいの割り切りようだった。茶菓子もぱくぱく食べた。ひどい娘である。

けれど、それが馬である場合はまったく気持ちの持ち様が異なる。
種牡馬が、たとえ種付けを引退していたとしても、この世からいなくなると知るやいなや、たちまち地球が軽くなったような、向こう側が透けてみるような薄っぺらいつまらなさに襲われるのだ。

キングマンボが亡くなった26歳という馬齢は、馬でいうとかなりの高齢だと一般的にいわれている。
けれど北海道の乗馬クラブ、余生牧場には、26歳になっても若々しく、平気で深い雪の中を全力疾走する馬だってめずらしくはない。
やはり種牡馬ともなると、体力の消耗も大きいだろうし、体力がなければ抵抗力も低下して、病に倒れることもあるだろう。シンザンのような長生きは簡単ではなさそうだ。

無事に競馬を終えて引退した後、種牡馬入りをすると聞けば、もろ手を挙げて喜んでしまう私だが、本当のところ、さらにそこからまた、自分の命の残りを数えるように産駒を送り出していく。

果かない生き物なのだとあらためて思った。

キングマンボの場合、父ミスタープロスペクターもさることながら、母ミエスクの存在が大きいように思う。

ミエスクというと、何度となくばったりとお会いして、遂には酒席でも一緒になった血統評論家の栗山求氏の会社名であることの方が有名なのかもしれないが、彼女の物語を調べると、ほんの数ページめくったところで、G1を10勝している名牝だと辿り着く。

そういえば以前、栗山さんに「一番好きな血統の馬はなんですか?」と訊いて、みごとにすっかり忘れてしまったが(スミマセン)、社名の由来も合わせて伺っておけばよかった。「キングマンボが好きだから」とか、そんな話ではきっとなく、何度聞いても忘れてしまうような難しい理由があるように思うのだけれど。

北海道の余生牧場に、キングマンボの2歳年上の兄スキャンが生きている。

スキャンは、種牡馬引退後、繋養先の牧場が閉鎖されることになり、生きる場を失いかけたが、現在は引退馬協会さんのバックアップにより、余生を送ることができている。本当によかった。

某SNS上で見るスキャンの様子は、とても元気そうで、どの写真も幸せな微笑みをたたえ、悟りを啓いたお爺さんそのもの。
話しかけたら「わしはなぁ~」とか「そうさのぉ~」と、赤毛のアンの小父マシューみたいなことを言いそうな鼻先をしていた。

時々、変な眼をしたひとが私に向かって「何も仕事がないのに馬を生かす意味」を問う。そのたび(じゃあなんであなた生きてんの。なんか意味あんの?)と言いたくなるところをグッと抑え、「何をするわけでもないが、美しい風景のようにめでたり、自分の家族のように慈しむものがあってもいいじゃないか」と、もっともらしくこたえている。
スキャンに会いに牧場に訪れるファンも多いと聞いた。
この先まだもう少し長生きしてくれると思うが、現実は28歳。牧柵越しに、茶飲み友だちのお婆さん馬でも置いてくれたらますます元気になったりして。試しにどうかひとつ。

春になったら、スキャンのところへ遊びに行こうと思うが、まだ大寒を過ぎたばかりで、この先からが、腹が立つほど長くていやになる。
スキャン、元気で待っていてね。